ファンタジーに生きるってきっと彼のことなんだろう。かれは子供の時からおとぎの世界に閉じこもっていて、19歳で王になった時から「夢のお城」を考えていた。それが、ノインシュバンシュタイン城。

王様のベットルームの天井

ミュンヘンから2時間電車で南に行くとFussenという可愛くて綺麗な町に着く。ここに来る人達は皆あの有名なお城、ノインシュバンシュタインを観る為。そして私もその一人なのだが。。。

ローカル線はICEに比べると本当に遅くてよく停まる。日本だったら45分くらいで行くところだと思う。なぜかコリアンの団体に一等車両を占領され、彼女達の荷物等でコンパートメントは埋め尽くされた。早く2等車両(すごく空いていた)に移動よかったのに。窓際にいたのと疲れていたので、すぐ移動できなかった。Fussenに行くまでの車窓からは、のどかな田園風景と可愛いお家や教会などが続き、ハッピー牛があちこちでのんびりとくつろいでいるように見える。この車窓がまた旅を楽しくする。この緑と山が重なる風景の色がカリフォルニアとは全く違う。

駅からバスで約5分。いよいよツーリストの坩堝のステーションに着く。城の中に入るチケット売り場には長蛇の列ができている。 しかし観光シーズンはほとんど終わっていることもあり、ピーク時に比べると、とてもスムーズなほうだと想像する。季節は100パーセント秋。黄金色に輝く木々と綺麗な湖、そしてそれを囲むようになだらかな山々が古城を包み、「まるで絵にかいた」とはお世辞では言うけど、世界にこれほど絵になる古城は少ないと思うほど総合的に綺麗なのである。それも私が訪れたのはタイムリーにも絶好のシーズン、それにこの日は秋日和での古城見学の為の日に用意されたよう。今まで色々ハプニングがあった分、おおきなごほうびをもらったような気がした。地球に生まれた事を改めて感謝。瞬きをするのが惜しいくらい素晴らしく美しい光景だ。

マリエン橋:ここからお城がきれいに見える

古城を城は二つあってルートヴィヒが幼少時代の夏に過ごした父王が所有した「ホーエンスタヴァンガウ城」(白鳥の台という意味)とメインのノインシュヴァンシュタイン城。 ノンシュバインシュタイン城に行くのには40分歩くか、馬馬車に乗るか(5ユーロ)バスで帰るということもできる。英語のツアーがあったので、それを予約し、それまで1時間半くらいあったので、とりあえず小さい方の城に行ってから場所で行こうと思っていたところ、小さいお城の帰りに見た湖があまりにも綺麗でおもわず写真をとり続けていると、予約の時間に時間があまりなくなってきた。馬馬車に乗ろうとしてもすごい人の列ができていたので、急遽(急いで)歩くことにした。40分と予告してあったが、実際は普通に歩いて30分くらいしかかからなかった。城が目の前に迫ってきた。でも近くで見ると大きすぎて全ては視界に入らない。

エントランスは掲示板に番号が打たれていて、すごく近代的。自分の番号がきたらチケットを地下鉄に乗るように入れてさらに指定の番号の列に並ぶ。番号が掲示されると門が開き、その列に並なんだ人ごとツアーに城内見学出発する。英語のツアーは約2,30分くらいで終わったが、人が多すぎてあまり聞こえなかった。でもこの城に住んでいた孤独な王にとても興味をもった。

この美しい城を創った(実際に建てたわけではないが)リュードリッヒ2世は、父王が急逝したことで19歳でバイエルンの国王になった。41歳の若さで結婚もすることもなく、孤独とともに死んでいった。主治医と謎の死を遂げた。二人の遺体が見つかったのは冷たい湖のほとりで、彼が王としての能力を問われ軟禁された翌日の出来事だった。私が感じたのは、とても繊細で人付き合いが下手で孤独を愛し、孤独を嫌う人でもあったと感じた。音楽を愛し、ワグナーを尊敬し、自然を愛した王は静かな水のせせらぎとともにその命を絶ったが、彼がどうして死んだかは永遠のミステリーになっている。彼の城の建設のアイディアとコレクションも普通の王とは違う。彼の尊敬する絵描きを建築家として雇い、壁の絵はすべて物語りになっていて彼の読書好きも伺える。は繊細で孤独、そしてファンタジーの中にずっと生きていた。ゲイ(たぶん}だった彼は生涯結婚することもなく(強制されたが破談にしたのはあのシシィの妹、ゾフィーだった}。

皮肉にもこの美しいお城、着工から完成(未完成で終わった}まで18年もかかり、人里はなれて一人で暮らす夢の城を夢見たリュードリッヒ2世はここに半年も暮らせず、軟禁され、翌朝湖で謎の死体として見つかった。かわいそうな王様。純真さは誰にもわかってもらえず、どんどんヘンな大人(と世間から見られ成長して行った)。死ぬ前に「この城は私が死んだら破壊してくれ」と頼んだらしい。

しかしこの工事費に現代のお金だと何百億かかってるとしたら、破壊なんでとんでもない。破壊されなくて良かったと改めて思う。いくら並んでも待っても観光地になって正解。

すべてアーティスト達による手作りで、ワグナー劇場や洞窟まで作っているのに一度も演奏会を出来ずに彼は死んだ。

この極めの細やかさは、彼の「ゲイ」としての繊細さとメルヘンチック、孤独、憧れが城のあちこちで見受けられる。きっと彼は「ゲイ」と言うことを最後までカミングアップしなかったんだろう。

しかしゾフィーと婚約を破談したのは、やはり自分に正直ではなかったのだろうか。それを理解できない回りの人間はエリザベートを初め憤慨していた。その時代に結婚しない王は珍しかったのだと思う。彼は孤独に生きる道を選び、そんな彼のプライベート城がこの城だった気がする。

しかし城の中は明るいペイントがどの部屋にもあり、彼のセンスの良さ、趣味、好きなものなどがすべてつまっている。彼の生命を懸けて創った城なのに、その資金のためにバエイルン財政は悪化し、この王に非難が集まったのも攻められない。彼はバイエルン国王として統治する能力がないということにされ、たった153日間のこの城の滞在の後、別の城に軟禁された。それが皮肉なことに今ではこの地方で一番資金を集める観光スポットとなっている。

「ホーエンスタヴァンガウ城」(白鳥の台)